6. 登山ヨチヨチ歩き

私は山より海が好きであった。成長した娘たちと海岸に寝そべってゆっくりと海を眺めながら一緒に甲羅干しをするのが夢であった。退職して時間がやっと出来たと思ってももはや娘たちは家にはいない。私にとって相手探しの手間がかからないという意味で手軽に出来る運動は山の神について行く山行である。

初めて家内の山の仲間について登ったのは「棒の折れ」であった。雪が積もっていた。何でこんなところを歩くのが楽しいのだろうと思う。一緒になったご夫婦と話をするとご主人は私と同い年であった。仕事をやめて何か趣味を持たないと時間をもてあますので山を始めたという。やはり山好きの奥さんに追従したようだ。このグループについて月に一、二度は山に行くようになった。グループ山行では他人に迷惑をかけぬようてきぱきと行動しなければならない。家に戻ると先ず家内の説教がはじまる。「今日何処そこでの行動にはこういう問題があった。連れて行った私ははづかしかったよ・・・」。いろいろの山に連れて行ってもらったが流石に山好きの人達の集まりで山頂から見える遠方の山々の名前を言い合っている。あんなに沢山の山をどうやって見分けるのか。よくもまあ諸々の山の名前を覚えたものかと圧倒されるばかりである。私の方は山の名前で知っていたのは富士山、浅間山筑波山、そして高尾山ぐらいのものであったのである。

そんな時、高校のクラス会の帰り電車で一緒になった友人が「最近何人かで山に登っているんだ」と話をしてくれた。「僕も最近少々登っているよ」と言うと「どんな山に登ってるの?」と訊かれた。「先週は御正体山に行って来たよ」というとしばし考えていた友は何とか一緒に登れそうな者と判断したのであろうか「今度一緒に行かないか」と言うではないか。酔いのせいもあったが少々山に関して知ったかぶりをしていた手前、後には引けなくなって「うん、ご一緒させてもらおうかな」と言ってしまったのである。その友人の誘いで手始めに唐松岳から五竜岳に行こうと言うことになった。 家内に話すと「それは大変ね。ちゃんとした登山靴を買わないとだめよ。」という。 2・3日すると家内の懇意にしている登山専門の店に行けと言う。良さそうな登山靴を見繕ってもらってあるからと仰せになる。とにかく言われた店に行ってみると家内が良く知っている店員が出てきて奥様から言われてご主人に向いていると思われる登山靴をご用意してありますというではないか。兎に角山にうるさい家内が手配した靴を買うことになる。その時この靴で百名山のほとんどを登ることになろうとは思ってもいなかったのである。こんなふうにして中高年登山を始めていた2人の友人について行くことになった。最初は小手調べで百名山の一つである五竜岳に行くことになった。

唐松岳を通って五竜岳の山小屋に着く頃には靴擦れがひどくやっぱり山はだめだなと思い始めていた。それでも友人がガムテープを足の靴擦れの出来た部分に貼ると靴擦れにならないと教えてくれた。不思議なことにその通りであった。翌早朝山小屋を出て五竜岳の頂上を目指す。結構な岩場であったが約1時間程頑張って山頂に到着。絶景であった。しばし休息して下山を始める。五竜遠見のアップダウンの続く長い下りであった。これでもかこれでもかと上っては下り上っては下る長い尾根で再び山が嫌いになりそうになる。やっとのことで五竜スキーゲレンデのゴンドラ乗り場までたどり着くと疲れがどっと出てくらくらする。しかしながらゴンドラで地上に下り食べたかき氷イチゴは美味かった。安曇野の友人宅にいた家内が車で迎えに来てくれた。亭主の初本格的登山の成否が気になっていたに違いない。