2010-06-01から1ヶ月間の記事一覧

11.富士山に登る

標高3000m級の山に挑戦していた時、富士山に登るチャンスは意外に早くやってきた。山中湖にあるとあるリゾートホテルが富士山登山の企画をたて参加者を募っているのを知った。家内は既に登っていたしこの際一つ一人で参加してみるかと思いたった。登山前日…

10. 体力と時間と財力

ある時親しい友人が「百名山を目指すには所詮体力と時間と金がなければ出来ないさ」と言った。まあ、外れてはいないと思うがもう一つ必要なのはやってやろうという強い意志である。次に大事なのは言うまでもなく体力で時間や財力があっても体力がなければ山…

9. 百名山登頂を目指すこととなる

標高3000m以上の21座を踏破した時点で数えてみると既に百名山を30近くも登っている。この時ふと思った。 家内は既に70近くの百名山を登っていたが特に百名山踏破を目指してはいない。既に登っている山でも人に誘われると出かけて行く。どうせ家内のお供で山…

8. 登山の嫌なところと大変なところ

山に登って何が楽しいのですか? とはよく訊かれる質問である。確かにいやなことが山ほどある。まず、早起きしなければならないこと。山小屋泊まりの縦走にでもなれば3時ごろから起きだし4時前には懐中電灯で足元を照らして出発する。そんな時に限って大いび…

7. 標高3000m以上の21座登頂を目指すことになる

日本には標高3000m以上の山が21座ある。高校同期の山仲間とはどうせ山に登るなら何か達成可能でしかもあまりやさしくはない目標を立てようと言うことになりこの21座の登頂を目指すこととなった。21座とは高い順に並べれば富士山(3776m)、北岳(3192m)…

6. 登山ヨチヨチ歩き

私は山より海が好きであった。成長した娘たちと海岸に寝そべってゆっくりと海を眺めながら一緒に甲羅干しをするのが夢であった。退職して時間がやっと出来たと思ってももはや娘たちは家にはいない。私にとって相手探しの手間がかからないという意味で手軽に…

5. 再び山登りへ

結婚してからは山登りから遠ざかっていたがスキーには長男が2-3才の頃から家族揃って出かけた。家内が下の子(赤ん坊)を背中に負ぶってゲレンデを滑る姿は当時でも珍しかったと思う。何年かは本格的な山登りの話は出てこなかったが子供たちが小学生になった…

4. 山男の歌

雲取山で山嫌いになってから10数年後、カナダのバンクーバーと米国シアトルとの間の国境近くに位置するマウント・ベーカーのスキー場で転んでも転んでも雪まみれになったまま平気な顔をして立ち上がり急斜面を滑り降りていく女性がいた。妻との最初の出会い…

3. もう山になんか登らないぞ

中学2年の秋だった。学年のクラスで東京都の最高峰雲取山に登ることになった。山などに興味がなかったのに参加したのであるから全員参加の行事だったのだろう。 友人からよく「今まで登った山で1番素晴らしかったのは?」とか「1番きつかったのは?」との質…

2. 初めての山登り

終戦翌年の昭和21年春、疎開先の茨城県新治郡七会村の七会村小学校からの遠足である。学校から1時間程歩いたところにあった「やまもと山」である。麦飯に水っぽいサツマイモ片が混ざった弁当を引っ提げ暑い田舎道を汗をかきかき歩かされ辿り着いた先は岩山で…

1 .<前書き>

深田久弥の百名山を踏破して何人かの方から何か書き物に残してはどうかとのお声を頂いた。百名山登頂を達成した方を何人も知っていた私は当初あまり大したことをしでかしたとは思っていなかった。ところが時が経つにつれてもしかすると大変なことなのかもし…