20.暑さ、寒さとの戦い

かんかん照り、灼熱の太陽の直射日光を浴びながらの登山は我慢ならないし、逆に厳寒下での登山も又辛い。そんな悪条件は避けて登山計画を立てるのが普通である。しかし、予想できない天候の急変によって余儀なく過酷な天候下、山歩きをせざるを得なくなることがあるのである。頂上まで背丈より高い木に覆われている山の場合は問題ないが、ある高度から上は木が無いか、あっても潅木しかない山は結構多いのである。真夏にそのような山に登れば暑さで苦労するが、私の場合は意外にも一番辛かったのは北海道の十勝岳に登った時であった。うだるような暑さで頭が朦朧としてきたのである。

しかしながら私には寒さの辛さの方がより印象に残っている。9月の末に日光の奥白根山に登った時である。朝から曇ってはいたが登山開始直後から気温がどんどん下がってきて岩場の鉄梯子では手がかじかんで確りと梯子を握れないほどになった。山を下る頃には小雪がばらつき始めたのである。9月にこんな状況になるなど予期していなかったので大きな驚きであった。又、12月初旬ではあったが四国の石鎚山に登った時も天候の急変に遭遇した。前日に同じく四国にある百名山の一つ、釼山に登った時はぽかぽか日照りで鼻歌交じりで気分爽快であったのに、その夜から寒冷前線が入り込み翌朝石鎚山に登るべく、ゴンドラの麓駅に付いた頃から雪が降り出した。ゴンドラを降りて歩き始めても雪は降り続け、山の中腹ぐらいまで行くと既に登山靴が雪に埋もれるほどとなった。吹雪になったのである。山頂に着いたときには周りは真っ白でないも見えない。前日との温度差は実に20度ほどあったと思われる。

次に思い出されるのは11月初旬岩手山に登った時である。登山前日岩手山麓の神社前にテントを張った。夜、早飯を済ませ厚着をしてテント内のシュラーフ(寝袋)に潜り込んだが猛烈な寒さで身体の芯まで凍りそうに感じられ眠れるものではなかった。我慢できずにテントを飛び出し身体を温めるため神社前の広場を駆けずり回った。20分も走ると少し身体も温まって何とか眠ることが出来たのである。翌朝隣のテントの人に「夜中にずいぶん走り回っておられましたね。」と声をかけられた。またテントの思い出としては仙丈ケ岳甲斐駒ケ岳に登った時である。仙丈ケ岳に登った日に翌日の甲斐駒ケ岳挑戦に備えて北沢峠にテントを張った。仙丈ケ岳に登った時点ではぽかぽか陽気であったのだが夜半から急激に冷え込みだした。夜中に寒さの為目が覚めたついでに近くのトイレに行こうと思ってテントから出ると周りは真っ白に霜が降りていた。このときの寒さも尋常ではなかった。昼間と夜の温度差が20度以上になることはそんなに珍しいことではない。やはり秋に入っての登山には防寒対策を怠ると大変なめに遭う。

防寒対策を甘く見てひどい目にあったことがある。やはり11月初旬であった。蓼科山に登ると頂上付近で白いものがちらつき始めた。頂上の小屋の傍で弁当のおにぎりを食べたが寒さで身体ががたがた震えだす。小屋の外側に掛かっていた温度計はマイナス2度を示していた。マイナス2度ぐらいは大したことの無い気温なのだがその日は厚手の衣類を持っていなかったのである。薄いウインドブレーカーを通して寒さが身体に襲い掛かってきたのだ。やはりフリースの上着などは常にリックに入れておくべきだと悟ったのはこの時である。