30.屋久島(3)

新高塚小屋に泊まった翌日も快晴であったが、私の咳はひどくなるばかりで熱も38度近くにまで上がっていた。これほど体調の悪い状態で山歩きをしたことはそれまで一度も無かった。無事にみんなについていけるか心配であったがこの日は山を下るだけだったのが幸いであった。東京にいるときに映画で見て楽しみにしていた縄文杉、夫婦杉、大王杉やウイルソン株あたりまで下ってくると身体が高熱の体温にも慣れてきて少し元気が出てきた。立派な屋久杉達をしげしげと観察する心の余裕さえ生まれてきた。

しかし、荒川登山口にはタクシーを呼んである。山の中からは電話連絡が出来ないので約束の時間に遅れるわけにはいかない。休憩もそこそこに先を急がなければならない。しばらく木道を下ってゆくとついにトロッコ軌道に出た。屋久島が出てくる映画や観光案内等で出てくるトロッコの路線である。トロッコ路線の鉄橋を登山者達がとことこ歩いて渡る姿は写真でよく目にしていたので楽しみにしていたところである。ところがこのトロッコ道は歩き出してみると長いこと長いこと、いい加減いやになった頃やっと鉄橋が出てくる。憧れの鉄橋を渡って更に歩き続けてやっと荒川登山口に到着した時には疲労困憊していた。

タクシーは約束どおりにやって来た。懐かしい運転手の顔を見てほっとする。その日は海の眺めが美しいシーサイドのホテルに泊まった。お風呂で身体を休めると直ぐに夕食の時間となった。豪勢な料理が出たが咳がとまらず食欲も出なかったのが残念である。その夜は風邪薬を飲んで早く床についた。

翌日、屋久島での四日目も天気が良かった。三日連続して天気が続くのは屋久島では珍しいそうである。屋久島まで来たのだから島を一周して名所をめぐっていこうということになってレンタカーを借りた。数々の名滝、巨大なカジュマルの木を巡り、有名な海中温泉にも入った。運転は交代ですることになっていたのだが私は未だ熱が引いておらずすべてお任せすることになってしまった。「あなたの無用心で風邪をひいてしまい皆さんに大変なご迷惑をかけた」と山の神に散々なじられた辛い宮之浦岳山行であった。